「電動」が 私たちに見せてくれるであろう未来
※注意
いつもの 「副店長石澤のマジひとりごと」 と違って、超長いです。超堅苦しいうえに超乱文です。
そんなのパスパス、って方は この記事、読み飛ばしちゃってください。
皆様もご存知の通り、シマノから電動コンポーネントである「DURA-ACE Di2」が発売されました。
興味を示している方も多いものの、実際に組付けをする機会はもう少し先かな、などと思っていたところ、なんと早くも組付けをする機会に恵まれました。
その作業の中で感じたこと、自分なりに思ったことを書き連ねていこうと思います。
自転車の変速を電気で行うことについては、マヴィックのメカトロニックの頃から賛否が分かれていました。
自力で走るという自転車の思想に、電動変速という「外部からの力」を組み込むということは、スポーツマンシップの考えに反するものだ、という意見もあります。
翻って、変速機そのものの進化に焦点を当ててみましょう。
そもそも、変速機の黎明期では、変速機そのものすら否定する意見が多数ありました。
「あんなもの、女子供のためのものだ」
「走りながらギア比を変えるなど卑怯だ」
というのです。
ですが、そんな意見を尻目に、サイクルスポーツは変速機を許容し、ロードバイクの標準装備になっていったのです。
さらに変速機は進化を続けます。
シフトレバーはギアの位置にそったインデックスがもうけられ、「カチッ」というまでレバーを操作すれば、簡単に変速ができるようになりました。
シマノが発表した「STIレバー」によって、変速レバーはフレームのダウンチューブからハンドルに引っ越し、スプリントを仕掛けながらでさえ、変速操作を可能にしました。
これらの進化は、当然ながら機械の進歩によるものです。
外部動力でこそないものの、競技者本人に預からぬところであることにはかわりありません。
さらに言ってしまえば、変速機に限らず、機材が進歩するに従って、ロードレースの速度はどんどん速くなっています。
エディ・メルクスがロードレースを席巻していた時代から、現代のロードレースを比較すると、平均速度は一方的に速くなっているのです。
昔の選手の方が貧弱だったのでしょうか?
そうではないでしょう。選手たちは機材の恩恵を多分に受けて速くなっているはずです。
それらの機材と、電動変速機の間には、サイクルスポーツの範疇を逸脱するような差はないように感じるのです。
いっぽうで、その是非はともかく、電動であることそのものに「違和感」を覚える方もいらっしゃるかと思います。
感性が強く働くスポーツバイクライフに、電動メカというものがどうもなじまない、と感じるのでしょう。
それと全くおなじ感覚が、かつて自転車と全く異なるジャンルにおいて存在しました。
写真です。
電車、飛行機、そしてカメラと、「オトコノコ系」の趣味は一通り通ってきた私ですが、写真におけるカメラとは、自分の感性を表すための重要な道具、絵画における絵筆のようなものです。
その「絵筆」に、数年前、劇的な変化の兆しが訪れました。
デジタルカメラです。
私のいくつかある趣味の中に写真がありますが、一時期、その趣味から離れていたのです。
その時期に出現しつつあったのがデジタルカメラでした。
しかし、どんなものでもそうですが、黎明期の機材というものは未熟なものです。
登場当初は、解像度があまりに低く、銀塩(フィルム)カメラを代替するにはあまりに役者不足、といった感がありました。
さらに、感性の表現手段である写真を、デジタルデータをもって取り扱うデジタルカメラは、人によっては受け入れにくいのもあったかもしれません。
カメラではないのですが、かのスタジオジブリの宮崎駿監督は、「もののけ姫」で初めてCGを大量投入した際、
「電気で絵を描くなんて許せん」
といったそうです。
それと同じような感覚もあったのでしょう。当時の写真家、そして写真を趣味としている人々からは、デジタルカメラなど、カメラではない、と思われていたのです。
それから、およそ10年の月日が流れました。
当社のブログをアップするにあたり、カメラが必要になった私は、
「ついでだし、久々に写真の趣味も再開しようかな」
といった気持ちで、某カメラ店を見に行ったのです。
わたくし、衝撃をうけました。
右を見ても左を見ても、デジタルカメラばかりなのです。
コンパクトカメラに限った話ではありません。
一眼レフを見回しても、ほとんど全部がデジタル製品になっていたのです。
画素数の増加、ノイズ特性の改善、ソフトウェアの処理能力向上、そしてメカニズムの成熟。
さまざまな進化によって、デジタルカメラは弱点を克服し、銀塩カメラを駆逐していました。
とはいえ、私がカメラを買う目的の第一義は、ブログ画像の撮影なので、パソコンにデータを取り込みやすいデジタルカメラを買ったのはいうまでもない話です。
そして、デジタルカメラで趣味の撮影をしていて強く感じたのは、
「媒体がどうあれ、写真を通して表現を行っているのは自分自身だ」
ということでした。
デジタルかフィルムか、という以前に、カメラは時代とともにどんどん自動化が進んできました。
露出の指標(内蔵露出計)、露出の決定(AE)、フィルムの巻き上げ(モータードライブ)、そしてピント合わせ(AF)。
ですが、どれだけ自動化が進んでも、写真のもつ「表現の手段」としての性質は、何ら変わるものではなかったのです。
そればかりか、機材の進化によって、これまででは撮影が困難だった状況でも作品を残せるようになりました。
フィルムすら凌駕する高感度特性は、夜景の撮影に威力を発揮し、さらに高速シャッターを容易に選択できることによって、激しく動く動物、水の一瞬の飛沫などを、写真に切り取ることを可能にしました。
液晶モニターで構図を確認できるライブビューは、超ローアングルやハイアングルからの撮影でも、完成度の高い構図を組めるようになりました。
デジタルカメラは表現方法の領域を広げ、写真芸術の領域の拡大に貢献したとすら言えます。
「電気の力で絵を描く」ことは、写真撮影がもっている趣味性を阻害するものではなかったのです。
(もちろん、今でも銀塩フィルム愛好家は多数存在します。彼らは単なる懐古主義でフィルムを選択している訳でなく、フィルムとデジタルを天秤にかけた上でフィルムを選択しています。
私はそのことを何ら否定するつもりはありません。
どちらかというと、懐古主義や「カッコイイから」という理由でフィルムを選ぶ人は若い人が多いようです)
よく考えてみれば、シマノは自転車につぐもう一つの部門-釣り具を持っています。
釣り具には電動リールが存在しますが、「電気で魚を引き上げたら釣りではない」のでしょうか?
釣り具部門を持つシマノにとって、趣味の世界に電動メカを持ち込むのは、あまり高い敷居ではないのかも知れません。
さて、電気で変速をするというメリットはいったいなんなのでしょう。
「いまさら根本的な話かよ!」
とおっしゃる方も多いかもしれませんが、意外と気づかれていない部分もあると思うのです。
電動メカが持っているメリットは、「電気だから楽」などという単純な話ではありません。
...巷では、「○○だから××」といった安直な論法がそこらじゅうにありますが、私はこういうのが嫌いです。
(ゲームにおいて)「リアルじゃないから糞」→リアルさだけがゲームを楽しむための要素でしょうか?
(デジタルカメラにおいて)「画素数が多いからいいカメラ」→画素数が多いデメリットもあります
(カメラの交換レンズにおいて)「重いからダメ」→軽さを犠牲にしてまで獲得した画質があります
(自転車において)「軽いから最高」→軽さのために剛性をトレードオフしていませんか?
もちろん、人間の力を使わず、電力によって変速操作ができる、ということは、特に大きな力を要するフロントの変速において大きなメリットです。
ですが、それだけではないのです。
電動である第1のメリットは、「変速操作にコンピュータ制御を介在させられる」ということです。
これはいったいどういうことなのか。
その昔、変速レバーがダウンチューブにあった頃、「変速操作」とは、「テクニック」でした。
昔の変速レバーは、ギアの位置にクリックストップが無かったので、きれいな変速を行うには、変速レバーを最適な位置で止める必要がありました。
さらにフロントギアでは、単にレバーを操作しただけではスムースな変速ができず、例えばレバーをいったんオーバーランさせ、変速が完了したところで、音鳴りのしない位置にレバーを戻す、といった操作が必要でした。
これは手元変速レバーの登場によって、誰もがそのような操作ができるようになりつつありますが、この一連の動作を簡単に組み込めるのが、電動コンポーネントです。
今度は飛行機の話になります。
最近の軍用機、それも戦闘機では、当然のスペックになりつつある、ある機体の操縦システムがあります。
「フライバイワイヤ」というものです。
1970年代までの戦闘機は、翼の稼働部と操縦桿は、機械的なロッドや油圧で直接結ばれていました。
パイロットは、操縦桿を通して直接翼面を動かし、機体の動作を決定していました。
ところが、航空機の技術と、戦闘機に要求される性能が向上するにつれ、機体の制御にはある問題が起きてきました。
人間の技量では制御できなくなってしまったのです。
戦闘機の機動力を上げる簡単な方法は、機体の挙動を不安定にしてしまうことです。
ちょっと翼を動かしただけでも、機体が簡単に曲がるように造っておけば、その分運動性に優れた機体ができます。
ですが、そのように造った戦闘機は、人間の操作にあまりに過敏に反応し、まっすぐ飛ばすことすら困難になってしまいました。
まっすぐ飛ばない紙飛行機のようなものです。
それを解決したのが、フライバイワイヤです。
フライバイワイヤでは、操縦桿は翼面ではなく飛行制御コンピュータに結ばれ、そのコンピュータが補正を行って翼面を動かす、というシステムです。
さきほどの「まっすぐ飛ばない紙飛行機」にこれを適用すると、
ちょっと舵を下げたら、機体が急に上向きになった
→少しだけ舵を逆向きに当てて機体を立て直す
といった修正を、コンピュータが1秒間に100回くらい勝手にやってくれる訳です。
このフライバイワイヤによって、到底人間では操縦できない不安定(=機動性の高い)機体を、コンピュータの助けを借りることによって操縦できるようになるのです。
このようなコンピュータ補正を自転車で行えば、シフトミスによってチェーンが脱落する、といったトラブルは皆無になるでしょう。
機械的に無理のある動作をしないよう、プログラムしておけば良いわけですから。
これだけでなく、コンピュータ制御であることには、更なる発展性が秘められています。
現在の機械式シフトレバーは、「10速用」とか「フロントトリプル用」など、使える段数が決められています。
当然の話です。段数が違えば、1段あたりのシフトワイヤーを引く量は異なります。
シフトレバーの中には、それぞれ決まった段数用のノッチが組み込まれていて、段数が違えば適正な位置に変速機を持っていくことはできません。
変速機に、「この量だけ動け!」と命令しているのは、シフトレバーに組み込まれた部品なのです。
では、電動シフトレバーではどうでしょう。
電動では、ボタン1操作あたりの変速機の作動量は、ソフトウェアの中にしかありません。
ソフトの制御によって、ボタン1クリックごとの変速機の作動量を決定しています。
ということは、内部のソフトウェアを書き換えてしまえば、同じ変速機、同じシフトレバーの組み合わせで、10段でも11段でも、精度さえ許せば100段でも動かせるのです。
古いパソコンでも、スペックさえ許せば最新のソフトが動かせるのと同じです。
現在の「DURA-ACE Di2」にそのようなシステムは組み込まれていないと思います。
ですが、将来的には、シフトレバー、ないしは変速機にUSBケーブルを差し込み、パソコンからシステムアップデートを行う、ということもできるはずです。
たとえば同じ段数にしても、よりスムースに変速をおこなうシーケンスが開発されれば、それを旧来のコンポーネントに組み込むことも不可能ではないはずです。
デジタルカメラでは、メーカーの手によって、ファームウェアのアップデートが比較的頻繁に行われています。
私もこの間、自分のデジタルカメラでファームウェアをアップデートしました。
ファームウェアを更新すると、例えばバグが改善されたり、機械の動作が改良されたり、あるいは新しい機能が追加されたり、画質が改善するようになることすらあります。
同じハードでも、ソフトウェアの更新で、最新の機材に遜色の無い動作ができるようになれば、ユーザーとしては大助かりです。
電動デュラエースの登場を機に、スポーツバイクには大きな変革の波が押し寄せるのではないかと想像しています。
対抗するカンパニョーロも、電動コンポーネントの制作を着々と進めているようです。
10年後に見返したとき、今この瞬間はまさにターニングポイントになっていると信じています。